再建|打出天神社にて

再建|打出天神社にて


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とある所用のため、私は先日芦屋駅周辺を訪れた。その道中でふと、目的地への到着前に参拝しようと足を向けてみた、「打出天神社」。

七五三だろうか、大人たちに連れられて跳ねる小さな子どもたちがいる。どこからともなく鳥のさえずりが聞こえる。のどかな風景。あたたかな、穏やかな空間。

そんな素敵な空間で参拝を済ませたあと、私はふとある彫りに目をとめた。神社の鳥居の根本の裏側に、「平成七年一月十七年未明阪神淡路大震災により 倒壊したので 平成八年十一月 再建す」との文章を見つけたのだ。

見ようと思わなければ、生い茂る緑にひっそりと隠れてしまう一文。ゆるやかな「今」という時間を生きる人たちにとっては、過ぎ去るこの「日常」の中で暮らす今・ここにいる人たちにとっては、普段はきっとあえて気にとめることはないのかもしれない、この一文。

けれど私はこの日、なぜだろうか、「再建す」と彫られたこの佇む鳥居に言いようのない畏れの感情を抱いた。


阪神・淡路大震災。それは兵庫県、あるいは神戸で育った私にとって、幼いころから自分の意識とは無関係に、おりにふれて思いをめぐらせる(ように、周囲の大人たちからはたらきかけられる)ものだった。神戸の公立小学校に通った子どもたちの中で「幸せ運べるように」の歌を一度も耳にしたことのない子はおそらくいないだろう。震災当時に私はまだこの世には生まれていなかったわけなのだけれど、それでもこの穏やかでどこか真新しさをも内包させるようにみえるこの街(の、周辺地域・一帯)もかつては、瓦礫の山となり火の海ともなっていたことを、私たち神戸周辺育ちの人間はどこかで確かに、いつも記憶しているのだろうな……と私はいま思ってみたりする。

消えることのない傷を、この街は、この街に暮らす人たちは、きっといくつも負った。起こし難い、いくつもの倒壊したものたち(それは必ずしも、目に見える物質的な「建物」に限ったことではなくて)を横目に、それでも自分はなんとか頑張ろう、頑張らなくちゃと奮い立たせて、「頑張ろう神戸」と歯を食いしばっていた。なにを頑張ればいいのかももはや分からなくなる人もいるなかで、それでも各々はそれぞれの方法で、少しずつ、傷を癒そうと互いに時を進めていった。


「傷」。それは、見ようと思わなければ見えることのない(かもしれない)ものである。宮地尚子も著書『環状島=トラウマの地政学』の中で、以下のように述べている。

 けれどもそのことを必ずしも否定的に捉える必要はない。そこに穴があるということ、近寄れないもの、理解できないものがあるということを知っておくことには、はかりしれない価値がある。見えないもの、聞こえないものがあることに気づけば、そこから逆に、たくさんのことが見え、聞こえてくる。トラウマをより深く肌で感じ、受け止める手がかりがつかめる。

宮地尚子『環状島=トラウマの地政学』P9, 2018年7月5日 新装版第1刷, みすず書房,

日常を送るなかでは彼らは必ずしも、いつも顔にその傷みを貼り付けているわけではない。始めから何事もなかったかのように、はつらつとした姿をもってして日々を送っているように見えるかもしれない。いや、「見える」だけではなくて、そもそもそれもまた事実であるのかもしれない。べつに犠牲者は常に打ちひしがれている必要はない。幸せになること、笑顔を向けられるようになること、それもまた「立ち直った」人たちの美しい姿である。

 たとえば近親姦の被害者であり、セラピストとしてサバイバーの回復のための本を書いているローラ・デイヴィスは、自分がだんだん近親姦の問題について考えなくなっていることに、ある日ふっと気づく。むりやり忘れ去ったわけではなく、自分のなかでその問題の重要性が下がって、生活に影響を及ぼさなくなってきたことに、自分で驚くのだ(Laura Davis, I Thought We’d Never Speak Again : The Road from Estrangement to Reconciliation, Vermilion 2002)。それこそまさに「回復」ということであり、〈内斜面〉から〈外斜面〉への移動は困難ではあっても、けっして不可能ではないのだ。
 ある人が一時期はそこにいて、やがて立ち去る。別の人が現れ、また立ち去る。同じ場所に居続ける義務は誰にもない、すでに許可証的マイノリティの議論で鄭が主張したように(鄭暎惠「アイデンティティを超えて」、岩波講座現代社会学第15巻『差別と共生の社会学』一九九六所蔵、一ー三三頁、または『〈民が代〉斉唱』岩波書店、二〇〇三所蔵)。そして晴野が自分の浮き上がらせた環状島から立ち去ったように。たとえ一時期は雄弁な「代表者」であったとしても、アイデンティティフィケーションはあくまでも暫定的なものでよいのだ。人は変わっていくものだし、人と人との関係も変わっていく。それはけっして悪いことではないはずだ。最初に声を挙げた被害者であろうと、他の被害者や支援者であろうと、誰も環状島に縛り付けられるべきではない。

宮地尚子『環状島=トラウマの地政学』P115~116, 2018年7月5日 新装版第1刷, みすず書房,

……それでも。

私はその日あの鳥居を見たとき、「傷跡をひそかにここへ残したままでいることも、また強さの一つなのだな」とふと思いをめぐらせた。傷を負う前の私に完全に戻ることは、きっとできない、のだけれども。

何かしらの「ひきつれや瘢痕を抱え」たままでも、それでもまたもう一度、自分の足で立派に立とうと未来を見据えはじめてもいい。今度こそもう一度踏ん張れるように、再び立つことができるように、私自身を「再建」してあげようと試みてもいい。

 くりかえそう。
 傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。  
 さらなる傷を負わないよう、手当てをし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。

『傷を愛せるか 増補新版』P226, 2022年9月12日, 初版2010, 筑摩書房

そんな。勇気とも原動力とも言えるようなものを私はあの日、打出天神社の鳥居を見つめながら受け取っていた。


がんばるね。がんばろうね。

もう一度、立ってみたい。過去と現在のその先にある、「未来」という場所を見つめることのできる人間に私は再びなってみたい。

がんばるね。わたし。

そら / Sora

気に入った本や、日々の生活を通して感じたことなどを思いのままに綴ります。 Keep up with my daily life and journals!! Fav -> Reading, Handmade, Penpaling, Music, etc

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  • Post last modified:April 19, 2026
  • Post category:Books / Essay