『家族法改正のキーポイント』引用箇所の記録

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令和6年家族法改正のキーポイント|地方自治、法令・判例のぎょうせいオンライン
法制審議会家族法制部会委員として改正作業に携わった弁護士が、改正内容をわかりやすく解説!弁護士をはじめ、自治体職員、離婚前後の支援者、離婚当事者の方々にもおすすめの1冊
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『離婚と子どもをめぐる 令和6年家族法改正のキーポイント ~共同親権・養育費・親子交流~』
池田 清貴 著, ぎょうせい, 2025年2月17日

貸出:市立図書館にて


手に取った理由

改正民法、またその他の関連領域について学ぶ機会があり、その予習もかねて手始めに手に取ってみた本。
なお、本書中でふれられていた内容のなかには、映画『五月の雨』のアフタートークにて弁護士さんらよりお聞きしたものなども数多くあった。

Home – 五月の雨
家庭内で起こる静かな暴力。第三者に透明化される被害。そして離婚後も続く支配。それは、まるで“見えない鎖”のように親子を追い詰めていく。果たしてこの鎖を断ち切る方法はあるのか。
maydayrain.com

気になった箇所の引用

 では、父母が離婚したり別居したりするときの子どもの利益とはいったいどのようなものだろうか。法律実務の経験を通して私が考えてきたものは、以下のようなものである。

① 養育能力があり、愛情深い親に養育されること
② それまでの生活環境ができるだけ維持され、かつ、安全で安心した日常生活が守られること
③ 別居親から養育費の支払いを受け、生活水準ができるだけ維持されること
④ それが可能な事案では、親子交流を通じて別居親との有意義な関係が維持されること
⑤ 父母から、遅すぎることのない適切な時期に、離婚の意味、離婚後の親子関係などについて、年齢に応じた言葉で説明を受けること
⑥ 適切な時期に、適切な援助と配慮を受けつつ、子どもが意見や気持ちを聞かれる機会を保障され、表明された意見や気持ちが真摯に考慮されること
⑦ 父母間の離婚及び別居をめぐる紛争は、合意による速やかな解決が目指されるべきこと

pp. 4

 国内の法律においても、子どもの意見表明権を保障するものがある。たとえば、離婚調停や親子交流調停などの家事事件の進め方を定める家事事件手続法では、家庭裁判所は子どもの意思を把握するよう努め、示された意思を子の年齢及び発達の程度に応じて考慮しなければならないという義務を負うと定める(65条)。本書第8章で述べる子どもの手続代理人制度(23条)も、子どもの意見表明権の保障に資する制度である。
 また、2022年改正の児童福祉法は、児童相談所長は子どもを一時保護するなど一定の処分をする際に子どもの意見を聴取しなければならないと定め(33条の3の3)、さらにその意見表明を支援する者(一般に「子どもアドボケイト」と呼ばれる)による支援を事業化した(6条の3第17項)。

pp. 20~21

❶ 生活保持義務としての扶養義務

 改正後民法817条の12第1項後段は、養育費の根拠となる扶養義務について定める。
 養育費とは、父母間で離婚の際に決める「子の監護に関する費用」(民法766条)のことだ。未成熟の子どもと別居している親は同居している親に対して、この養育費を支払わなければならない。それは、別居している親にも子どもに対する扶養義務があるからだ(民法877条)。そして、この未成熟の子どもに対する扶養義務は、子どもに自己と同程度の生活を保障するという重い義務と考えられている。これを「生活保持義務」という。これに対し、一般の親族間の扶養義務は「生活扶助義務」と呼ばれ、懐に余裕があるときだけ果たせばよく、生活保持義務ほどには重くない。言葉が似ているので紛らわしいが、そうした2つの種類があると言われてきた。しかし、この区別は、そう考えられてきたというだけであって、法律に明確に書かれていたわけではない。そこで、これを機会に、親の子どもに対する扶養義務は「生活保持義務」であることを明確に定めようという議論がなされたのである。その結果規定されたのが、改正後民法817条の12第1項の「その子が自己と同程度の生活を維持することができるよう扶養しなければならない」という部分だ。
 この子どもに対する扶養義務は、親権がない親にも課せられることに注意が必要である。先に述べたとおり、扶養義務の具体化が養育費だった。そして思い出してみると、養育費は、現在の離婚後単独親権制度の下では、子どもと別居している親権者でない親が、同居親に対して支払っている。このように子どもの扶養義務は親権者であるかどうかによらず、親たるものが負う義務なのである。そこで、この規定の見出しは「親権者の責務」ではなく、「親の責務」となっている。この扶養義務の考え方からすると、親権を喪失したり、停止されている親にも課せられる。

pp. 25~26

❷ 離婚後共同親権の選択肢を認める理由

 さて、上記議論では、離婚後共同親権の選択肢を認める理由として、「家族の多様化」「論理の一貫性」といった指摘がなされた。
 このうち「論理の一貫性」というのは、簡単に言えば、婚姻中と離婚後を分けて考えるのはおかしいということだ。この指摘を少し掘り下げてみよう。
 明治民法では「子ハ其家ニ在ル父ノ親権ニ服ス」(同877条1項)とされ、父の単独親権とされていた。これが戦後になって改正され、婚姻中は父母の共同親権、離婚後はいずれか一方の単独親権とされた。
 この点まず、婚姻中は共同親権とされたのは、父の単独親権が男女平等等の観点から日本国憲法に適合的でなかったからであろう。加えて、子どもの養育については、一方の親の単独の判断に委ねるよりも、父母がじっくり話し合って結論を出す方が、より子の利益にかなうという価値判断が根底にあったからとも考えられる。
 それでも、離婚後は、(性別にはニュートラルなものの)単独親権とされたのは、離れて暮らす父母が共同で親権を行使することは実際上困難と考えられたからのようだ。
 しかし、共同親権制の根底にある価値判断に着目すると、それは離婚の一事をもって左右されるべきものではない。なぜ父母が離婚すれば、子どもの利益によりかなうとされた共同親権の価値が放棄されなければならないのか。これが前記の「論理の一貫性」という指摘だ。

pp. 40~41

 もっとも、家族法制部会では、離婚後共同親権という新しい選択肢が導入されるにおいては、たとえば、虐待やDVがあるなどの事情で、共同親権の選択が本来不適切な事案であるにもかかわらず、協議離婚においては、それが父母の協議だけで選択されてしまうことの危険性が指摘された。また、共同親権を選択する場合に限らず、DV等があるなどの理由で早期に離婚をすることを父母の一方が望む結果として、離婚後の親権者の定めについて安易に他方からの求めに応じてしまい、適切でない親権者の定め方がされる場合があるとの懸念も指摘された。そこで、協議離婚時の親権者の指定には中立的な第三者の確認を経なければならないこととすべきだとの意見もあった。
 しかし、上記の危惧や懸念に対しては、当事者の合意を第三者がチェックするという形で応えるのではなく、離婚と親権者指定を切り離すことができるようにした上で、親権者の指定のみを裁判所に決定してもらうことができることとされた。その限りにおいて、協議離婚制度の下で、適切な親権者指定がなされるよう裁判所が関与できることとなったのである。この制度の下では、たとえば、父母間に多少の力関係の不均衡がある場合でも、一方がNOを言い続けることができれば(それこそが困難であるという批判もある)、真意でない親権者の指定を回避することができるというわけである。

pp. 47~48

❷ 子どもに申立権が認められた

 親権者変更の申立ては、改正により、子ども自身もできるようになる(改正後民法819条6項)。これまでは子の親族(当然、父母を含む)のみに申立権が認められていたのが、子どもにも拡大された。親権者変更という場面において、究極の意見表明権の行使とも言える申立権が子どもに認められたのである。本来、新たに親権者となることを望む親が申し立てることが自然ではあるが、それがなされない場合の手段として、子どもに申立権が認められたことには大きな意義がある。
 この改正の源流は、実は2011年に親権停止などが創設され、親権制限制度が大改正された際に、子ども自身にも申立権が認められたことにある。そのときは、親に対して親権者失格を突きつける役割を子に担わせるのは酷だという強い反対意見があったが、子どもの意見表明権を保障していこうという時代の波がこれを押し切った。今回もその流れの中に位置付けられる。

pp. 65~66

❼ 子連れ別居について

 ところで、婚姻中、他方の親権者によるDVや虐待から避難するために、その同意を得ずに、子どもを連れて別居するということがある。これは一方の親権者が子どもに対する居所指定権を単独で行使していることとなる。そのため、それが許されるかどうかは、単独行使が認められる上記の場合にあたるかどうかによる。
 まず、子どもの住む場所を定めること(居所指定)は、子どもの生活に重要な影響を与えるため、後でも触れるとおり、単独で行使できる日常の行為にあたらないと考えられる。そこで、他方の親権者が親権を行使できないなどの事情がなければ、「子の利益のために急迫の事情」がなければならないこととなる。 hend、および「DVや虐待からの避難が必要である場合」がそれにあたることは前記のとおりである。
 このような考え方の筋道で、DVや虐待から避難する場合には、他方の親権者の同意なく子どもを連れて別居しても許されるという結論となる。
 大まかな理解としてはそれでよいが、DVや虐待からの避難といっても、「急迫の事情」と言えなければならないので、5年も10年も前にDVや虐待があったことだけをもって「急迫の事情」とは言えないであろう。では、たとえば、DVや虐慢が一定程度継続しており避難を決意していたが、現時点ではDVや虐待がないというような場合も、同じく「急迫の事情」があるとは言えないことになるのだろうか。
 これについては、たとえ現時点でDVや虐待が存在しないとしても、それらの事案では加害行為が反復継続するおそれがあるなどの特性に着目すると、加害行為が現に行われていない間も「急迫の事情」が認められる状態が継続し得ると考えてよいのではないかとされている¹⁹。つまり、「急迫の事情」という言葉から受ける印象とは違って、着の身着のままで避難しなければならないような場合だけが「急迫の事情」ではないということである。
 さらに考えてみよう。では、一方の親権者から子どもを連れて別居すると切り出そうものなら、夫婦間で激しい喧嘩になってしまうことが予想されるため、これを避けるために他方の親権者の同意なく子連れ別居したという場合はどうだろうか。激しい夫婦喧嘩がお互いに対するDVと言える程度に立ち至っている場合には、それを子どもの面前で行うと子どもへの心理的虐待となる(児童虐待防止法2条4号)。そこで、そのような危険が予想され、それを避ける必要がある場合には「急迫の事情」があると言えそうだ。しかし、単なる口論にとどまるような夫婦喧嘩を避けるため、というだけでは「急迫の事情」とは言いにくいように思われる。父母の協議や裁判所の手続を経ていては適時に親権行使ができないから単独行使が認められたという趣旨からすると、父母間に協議の余地がある場合にはやはり協議して決めるか、それが難しければ親権行使者を裁判所で指定してもらうことが求められるのではないだろうか。
 とはいえ、これから別居に踏み切るという時点の当事者の視点に立ってみれば、「急迫の事情」に該当するかしないかの判断は難しい。そのため、実際には、子連れ別居をした後に、裁判所での監護者指定の手続や居所指定権の親権行使者指定の手続の中で、その居所指定権の単独行使の是非が問題となることが多いようにも思われる。その際には、親権共同行使の規律に違反するものであったかどうかは考慮要素の一つであることは間違いないが、それだけで結論が決まるわけではない。親側の事情や子ども側の事情を総合的に考慮して判断がなされることとなるだろう。

pp. 83~85

そら / Sora

気に入った本や、日々の生活を通して感じたことなどを思いのままに綴ります。 Keep up with my daily life and journals!! Fav -> Reading, Handmade, Penpaling, Music, etc

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  • Post last modified:June 26, 2026
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