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『遺児における親との死別体験の影響と意義 --病気遺児、自死遺児、そして震災遺児がたどる心的プロセス』
倉西宏 著, 風間書房, 2012年12月15日
貸出:府立図書館にて
気になった箇所の引用
Prkes, C. M. (1986)は長期的に見た死別反応をまとめ、「死別への反応を決定する2つの要因」として「烙印と剝奪」を挙げている。「剥奪」は喪失対象が自分にもたらしてくれていた全てのものを失うということを指し、「烙印」は「人が死んだ時に社会に起こる態度の変化」そ指している。つまり死別によって自己を取り巻く世界がいっぺんしてしまうような体験になってしまうことが言えるだろう。
pp. 4~5
こうした死別による喪失対象との関係の変化が起こり、それらが死別後を生きる上において重要な体験になることが示されているが、それらは遺児に関してはどうであろうか。Bowlby, J. (1980) は成人同様に喪失対象との脱愛着と異なる愛着対象を見つけることの重要性を述べている。対してSchuurman, D. (2009) は脱愛着ではなく亡くなった親と心理的につながりを保っている子どもは、そうでない子どもと比べて長期的には適応がうまくいくと述べた。そしてそれは日本の文化的な特徴であることを指摘している。さらに形を変えてその心理的な関係を維持できる子は、立ち直る力が強いのだという。亡くなった親が変化して内的に生き続けているということや「思い出」にすることが重要で、そのためには儀礼が大きな役割を果たすとし、それぞれの文化的な要素の重要性を重ねて論じている。
pp. 10
遺児にとっての家族関係については、引沼ら(2005)は交通遺児の二次的ストレスとして「家事・役割の増加」「家族凝集性の低下」を見出しているのだが、遺児は生活において負担が増し、さらに家族間のつながりが弱くなると体験していることがわかる。さらに若林(1994)や Castro, D. (2000) は片方の親が亡くなった後に遺された片方の親が負担のために子どもにエネルギーを向けることができなくなり、遺児にとっては結果的に両親を失う体験に繋がると述べており、渡部(1998)も父親を亡くすことで母親に甘えることができなくなる様修を示している。このように遺児にとっての親の喪失体験は、それまでの家族全体を失う体験へと繋がる場合もあるのではないだろうか。
pp. 11
表3の続き
疎外感
親との死別にとって他者との間に疎外感を持つこと
「そういう話題になると、あたしのお父さんをいないっていうことを覚えている子はストップかけたりして。やたらみんなが気を遣って、あたしが特別な感じに、周りが振る舞う」(M)家族や死にまつわる話題の回避
pp. 38
家族や死別に纏わる話題になるとその話題を回避すること
「お父さん何しているんですか?とか普通の質問に答えにくくなった。そういう質問が出そうな状況に出くわすと身構えてしまう。自分でもそういう風にもっていかれないように壁を作るというか」(L)
遺児は親との死別によって他者との間で疎外感を持ち、遺児である自分とそうでない他者との間に「違い」を感じるようになる。これらの体験を【他者との違いの感覚】とカテゴリー化したが、本論で言う「他者との違い」とは結果においても説明したように「自分と他者との間に何らかの違いが発生していると主観的に体験し、自と他の間を分かつ境界が心理的に生まれてしまう状態のこと」と定義した。《疎外感》や《自己疎外》などを積み重ねる中でAさんは「自分だけがこういう悲惨な体験をしていて、自分だけがかわいそうみたいにどっかで思ってた」と語り、ついには《世界における孤独》を持つまでに至る。遺児にとって「親との死別」は「他者との違い」の特徴となるには十分であり、スティグマを発生させることになるのである。近年は心的外傷という視点から死別について論じられることも増えているのだが(Raphael, B. et al. 1997)、トラウマのサバイバーについて Herman, J.L. (1992) は「外傷的事件は個人と社会とをつなぐきずなを破壊する。生き残った者は、自己という感覚、自己が価値あるものであるという感覚、自己が人間に属するという感覚は自分以外の人々との結びつきに依存し、それ次第であるということを痛いほど味わう。(中略)外傷は孤立化させる」と述べている。死別は外傷体験にもなりやすいものと考えられ、心的外傷という視点から考えても死別は孤立や孤独を孕む問題と言える。特に子どもにとっての親の死別体験は、成人の場合の親との死別やそれ以外の死別の場合と比べて外傷体験やスティグマになりやすい可能性があり、今後そういった点からの検討が必要であると考えられる。
pp. 42~43
当時は死別体験について話すことができず「『ご両親は?』って聞かれたら、元気ですって。ほんとに親しくなった人にしか言ってなくて」「言葉で伝えるっていうことが、どうしても自分の大切なものが傷付けられるっていうのがあって。傷付けられるっていうか、そんな言うものじゃないっていうか。言えるものではないっていう気持ちでしたね」。言葉にすると「嫌な気持ちになるというか。本当に思っている気持ちがどっかにふうっと変わってしまう」と体験した。「言葉では当然伝え切れない思いがあるし。伝えることとは違うことを言うわけではないんですけど、伝えることができない。言葉では」。また、「出したくなかったのかな、そういう気持ちを。父が亡くなってつらいんですっていう気持ちを出したくなかった」のだという。しかし、現在は言葉にすることができるように移ろいできた。「やっぱり時間は大きいと思うんですけど。なので何年かは触れられたくないっていうのが強かったですけど、今は話もできますし。落ち着いてきたなとは思いますね」。
pp. 65~66
さらにこれは上述したCさんの体験のような自他未分化とも言えるつながり・関係性を背景として起こっていることだとも言える。Guggenbühl-Craig, A. (1978) は治療者が「治療者」という一方のみに留まるなら、そこに相対する患者は傷を持つ存在として「患者」という枠から抜け出せないと述べている。治療者が真なる治癒力を持つには自らの傷にも開かれている必要がある、と。するとそこには「患者ー治療者」元型という相反するイメージが内包された元型が配置され、患者側にも内的な治療者イメージを持つことができ、自己治癒力が発生するのだという。「それは患者自身の中にいる医者」なのだと言い、患者が治療者側に立つことがあればそこには内的な治療者イメージも活性化し始めるのである。このような「患者」側に「治療者」としての側面が開かれ、内的な「治療者イメージ」が賦活されることが回復していくためには重要になるという。このような働きがSHGにおいても起こっているのではないだろうか。つまり、SHGでは互いが対等の立場の関係であり、かつ自分が支える側にも成り得る。「遺児」という「援助される側」でいるだけでなく、自然に又は無意識的に「援助する側」になることがある。Eさんは「自分が支えていかないといけない人がいるんだなっていう存在を目の前にして、ちょっと強くなった気がしました」と言葉にしている。このような援助する側に立つことが「治療者イメージ」を賦活させ、さらにこの「治療者イメージ」の賦活が他の遺児への「愛他性」を生み、自らの生きる力をも生み出すのである。
pp. 82
高校卒業後の進路について金銭的な面が「すごい不安」だった。「高校の先生は大学に行った方がいいって言われるけど、それはわかっているけど、でもうちんちは事情が違うねんでってことを思ってた」。他にも両親が生きている人と自分との違いも感じていた。「亡くしてしまえばその人には絶対会えへんねんでってのを強く思ってた。離婚とかで片親とかでも、もしかしたら会おうと思えば会えるかもしれんけど、亡くしてしまえば会えへんねんでってのを周りと違うように思ってた」。そういった他者との違いを感じるだけでなく、周囲が「あたしに遠慮しているような気がして。お父さんを亡くしたことによって急に優しくなる人とかいて。それがすごいあたしにとってはむかついた」。「あたし自身の生活とか思いは変わらへんのにすごい気を使われているのが嫌やった」と強く話された。
pp. 91
現在Pさんにとって死別体験は「考え方が変わった経験」となっている。 「友だちにも優しくできる、気遣う気持ちができてきたんです、心から。自分がこれだけしんどい思いしてても、学校では一緒にしゃべったりとか忘れる瞬間があって。普通にしゃべったりしてるけど、他の人も同じようにつらいことがあってもしんどいことがあっても学校には出さないでやっているのかもしれない。(中略) そういうの思ったら、ある日突然こうこうこういうことがあってって言われても、そっかそんなんでつらかったんだなって普通にすんなり受け入れてあげれるようになったし。みんなつらいこと1つや2つあるだろって。あたしだけがつらいわけではないし。(中略) あたしからしたらそんなことって思うことでも、その子にとっては重大なことかもしれないとか考えるようになったんで。自分の許容範囲が広がったし考えも広がった」。「死んだつらさも大きいけど、教えてくれたことも大きい」と感じ、「お父さんが教えてくれたこと」だと「感謝」している部分もあるため、死別を「プラス」に捉えられるようになった。
pp. 148~150
恋人以外には自殺による死別のことはほとんど話していない。「自分が傷つきたくないっていうのも大きいし。自分が知らない間に、Pさんのおっちゃんが自殺しちゃったらしいで、ってみんなに話されるのも嫌ですし」。「それはあたしの中で、すごい大切な経験であったから。一般的な人の一般的な気持ちで自殺のこととか鬱のこととかは全然考えてくれていいけど、それはあたしが経験したことと関連させてほしくないって思うんですよ。あたしはすごい大切なことだと思うし、それを肯定も否定もしてくれなくていいから、体験した人にしかわからない大切さっていうのは自分で持っとこうって思うので。それを侵されたくないっていうのが大きい」。
死別体験は時間が経つにつれ「ちょっとずつ思い出になっている」。「でも一生忘れることはない」。今は「ため込むこともなく、自分の中で向き合ってるっていう表現が一番しっくりくる」という。ただ「大切なものは持っておこう」と思い「あの時悲しかったこととか、人間からそんなにおいがするっていう衝撃とか、そういう断片的なものは自分の中に残っているので。そいうのを持っておこうって思います」「自分がしてあげられなかったこととか、そういうことも含めて忘れないでいよう」と心の内を語ってくれた。
