読書記録『居るのはつらいよ』

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居るのはつらいよ | 書籍詳細 | 書籍 | 医学書院
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『居るのはつらいよ――ケアとセラピーについての覚書』
東畑開人 著, 医学書院, 2019年2月25日


気になった箇所の引用

 僕はあのとき、カウンセリングもどきなんかをするのではなく、二人でデイケアに「いる」べきだった。一緒に、退屈に、座っているべきだったのだ。座っているのがつらければ、せめてトランプをやるとか、散歩をするとか、何かしら一緒にいられることを探すべきだった。
 ジュンコさんが求めていたのは、セラピーなんかじゃなくて、ケアだった。心を掘り下げることではなく、心のまわりをしっかり固めて安定させてほしかったのだ。
 僕は間違っていた。何も彼女のことをわかっていなかった。
 「いる」のがつらいのは僕だけじゃない。「いる」のがつらくって、いろいろな声が聞こえてきてしまう人たちが、ここに集まってきているのだ。デイケアって、そういう場所なのだ。

pp. 50

 ヒガミサは車内の大騒ぎとは無関係に、静かに運転していた。誰とも会話を交わすことなく、信号を確認し、バックミラーとサイドミラーに注意を払う。車間が詰まると、柔らかく、静かにブレーキを踏む。

 ヒガミサがしていたのは、「素人」というよりも「大人」の仕事だ。大人は当たり前のことを当たり前のように進行していく。それこそが良い依存労働だ。
 ハイエースの中は盛り上がっていて、冗談に夢中になっているから、みんなヒガミサが柔らかいブレーキを踏んでいることに気がつかない。いや、きっとヒガミサが運転していること自体に気がつかない。もし、ヒガミサが運転していることに気がつくとすると、それは彼女が事故ったり、きつめにブレーキを踏んでしまったときだけだ。
 依存労働というのはそういったものなのだ。この本にたびたび登場する精神分析家ウィニコットは次のように言っている。

(中略)

 そう、人は本当に依存しているとき、自分が依存していることに気がつかない。
 僕らが幼かったころ、夕食が出てくることにいちいち感謝しなかったし、その裏にあるお母さんの苦労について思いを馳せることなんてしなかった。おじいさんは山で柴刈りをしているとき、その日のフンドシをおばあさんが川で洗濯してくれていたことに気がつかない。
 子どもがいちいち母親のしていることに感謝しているとするなら、それは何か悪いことが起こっている。依存がうまくいっていないということだ。依存労働は当たり前のものを、さも当たり前のように提供することで、自分が依存していることに気がつかせない。
 そう思うと、依存労働って、本当に損な仕事だ。すべてのお母さんたちは大変なのだ。仕事が成功しているときほど、誰からも感謝されないからだ。感謝されなければされないほど、その仕事はうまくこなされている。依存労働の社会的評価が低いのには、きっとそういう事情もあるのだろう。依存は気がつかれない。
 だけど、普通の一日、ありふれた日常、そして僕らのデイケアは、そうやって誰かが依存させてくれているおかげで成り立っている。

pp. 113~115

 精神分析家のフェダーン(手を握ることで有名な看護師シュヴィングと一緒に統合失調症の治療をしていた人だ)は「自我境界」という概念を提唱している。それは自分と外界、あるいは自分と他者、そして自分の意識と無意識のあいだにつくられる境界膜のことだ。
 自我境界って、じつは超大事なものだ。自我境界がきちんとしているから、自分の考えと人の考えを混濁しない。現実と空想を混濁しない。逆にいうと、自我境界が揺らいでしまうと、いろいろ面倒なことになる。たとえば、幻聴。そのとき、内なる声と外の声が混線してしまっている。
 自我境界があることで、僕らは誰かと一緒にいても自分でいられるのだ。それは「自分」を区切り、自分を包み込み、自分を自分として保っておくための境界線だからだ。

pp. 140~141

 砂場で遊んでいる子どもを思い起こしていただきたい。彼は熱中して砂のお城をつくっている。僕らから見ると、彼は一人で遊んでいる。
 だけど、ウィニコットに言わせると、彼は一人で遊んでいるわけではない。彼の心には「母親」がいる(当然のことながら、べつにこれは生物学的な母親でなくてもいい。お世話する人、つまりケアしてくれる人であればいい)。ここがウィニコットのわかりにくいところだ。少年は砂の城のことしか考えていないし、外から見ている僕らにも彼は一人で遊んでいるように見える。だけど、実際には彼の心の中にはきちんと母親がいる。それがわかるのは、彼の遊びが中断するときだ。
 少年はときどき手を止めて、後ろを振り返る。後ろのベンチに母親がいるのを確認する。そこに母親がいるか不安になるのだ。すると、遊びは中断する。このとき、母親はスマホでツムツムをやっていて気がつかないこともあるかもしれないけど、多くの場合、手を振ってくれる。すると少年は安心して、ふたたび遊びに没頭しはじめる。
 そう、遊ぶためには、誰かが心の中にいないといけない。それが消え去ってしまうと不安になって、遊べなくなってしまう。少年は心の中で母親に抱かれているときに、遊ぶことができる。他者とうまく重なっているときに、遊ぶことができる。
 そして、この重なりは自己と他者のあいだだけで起こっているわけではない。ふたたび、少年をよく見てみよう。外から見ると、この少年がやっているのは砂の塊をこねていることだ。そのことは少年もよく知っている。「何してるの?」と尋ねれば、「砂遊びです、ご覧になればわかると思うのですが」と答えてくれるだろう(なぜか嫌味な少年が浮かんでしまった)。だけど、じつはそれは砂の塊であると同時に、この少年にとってはロボット帝国の勇壮な要塞でもある。少年はロボット帝国という想像の世界で遊んでいる。
 遊びは現実と想像が重なるところで生じる。そのどちらかしかなければ、それは遊びではない。「ただ砂をこねているだけですよ」となったら楽しくないし、「ロボット帝国の要塞なんです。本当にヤバいんですよ、いまこれをやらないと世界が滅びるんです」と脂汗をかいていたら、それはそれでヤバい。切実すぎて遊んでいるとは言えない。
 遊びは中間で起こるのだ。主観と客観のあわい、想像と現実のあわい。子どもと母親のあわい。遊びは自己と他者が重なるところで行われる。それはすなわち、人は誰かに依存して、身を預けることができたときに、遊ぶことができるということを意味している。

pp. 153~154

 だけど、じつはこのパックス・デイケアーナ(デイケアの平和)は本質的にかりそめのものだ。それは危うい均衡によって成り立っている。メンバーさんは脆さや弱さ、そして激しさを抱えていて、それを薬物療法やケアによって抑え込んでいる。パックス・デイケアーナの裏側では、いつも何かがうごめいている。
 だから、デイケアには裏でうごめくものを処理するための装置も存在している。たまったガスを抜き、淀んだ時間をかき混ぜる。そのために、さまざまなイベントが開催される。カラオケ大会やクリスマス会、遠足、ビーチパーティなどなど。
 民俗学でいう「ハレとケ」というやつだ。終わることなく繰り返される「日常=ケ」は徐々に枯れていって、「ケガレ」になってしまう。するとケガレは暴走し、デイケアの平和を脅かす。だから、ときどきハレの時間を挿入することで、枯れたものを生き返らせる。

pp. 166

 そうなのだ。患者は自分の癒す部分を治療者に投影し、それに癒されることで自分を癒す。あるいは治療者は自分の傷ついた部分を患者に投影して、癒すことで癒される。そしてそれは反転もする。患者もまた自分の傷つきを投影することで、治療者に傷ついた部分を見出し、それを癒すことを通して、自分の傷を癒す。あるいは、治療者もまた自分の癒す部分を投影したことで癒すようになった患者に癒されることで、自分の傷を癒す。
 グニャグニャ、グルグルしているけど、傷と癒しはここでは完全に混ざり合っている。
 ケアすることでケアされる。ケアされることでケアする。それらは複雑に絡まり合った投影によって可能になるというのが「傷ついた治療者」という考え方なのだ。

pp. 214

 足が痛いから右手でそこを押さえる。背中が痒いから左手がそこを掻く。そのとき、右手と左手がケアする部分で、足と背中がケアされる部分、なわけがない。「する/される」を超えて、体そのものにケアが生じているのだ。傷にかさぶたができるとき、血液中の血小板が癒す部分で、破れた皮膚が癒される部分なわけではない。そう、全身に癒しが生じている。それが実相だ。
 同じことがデイケアでも生じていた。ユウジロウさんがケアする人で、笑っている僕らがケアされる人ではない。ケアが生じているのだ。
 メンバーになるって、そういうことだ。「メンバー」とはもともとラテン語の「menberum」を語源としていて、それは「体の一部」とか「手足」という意味を持つ。メンバーであるとはコミュニティの一部になることなのだ。一方的にサービスを受けている人はメンバーになれない。そういう人は「ユーザー」と呼ばれる。そうではない。メンバーとは内側に入って、コミュニティの一部になった人だ。メンバーになるとは、背中を掻く右手になることであり、右手に掻かれる背中になることなのだ。
 ユウジロウさんはデイケアでは最も小さきものだった。みんなに助けてもらわないと、うまく生きていけない人だった。だけど、それでもユウジロウさんは一番の人気者だった。みんなユウジロウさんのことが好きだった。それはユウジロウさんがまぎれもなくメンバーだったからだ。彼は背中でもあり、右手でもあり、眼球でもあった。だから、デイケアに疲れが生じるとき、ユウジロウさんは僕らを月の世界に連れていった。すると、ケアが生じた。

pp. 221~222

 なぜ、僕からブラックな血が流れ出していたのか。ブラックデイケアでのメンバーさんたちの扱いに思いを馳せるなかで気がつく。
 相場より高い給料によって僕らが売り渡していたのは、「いる」をケアされる権利だ。どうせ次の人がやってくるのだから、僕ら職員の「いる」を支える必要がない。「いる」が軽視される。
 ケアする人がケアされない。そのとき、ブラックなものがあふれ出す。それは僕だけの問題ではない。介護施設もそうだし、児童養護施設もそうだし、学校の先生も、あるいは心理士そのものがそうかもしれない。日本中のケアする施設とケアする人に同じことが起きている。給料が安くて「いられない」場所もあるし、給料が高い代わりに「いられない」場所もある。先に挙げたEクリニックもそうだった。そこでは、毎年スタッフが「うつ」になり、大量離職と大量採用が行われていたと記されていた。
 ケアする場所はアサイラムの種子を抱えている。ケアされる人の「いる」は脅かされやすく、同時にそこでケアする人の「いる」も軽視されやすい。

pp. 306

感想と思考

 「話の内容を聞いていて、しんどくなったりしないの?」
 とある講座の受講期間中だった私が、会話の中でとある方から、ふとぽろっと尋ねられた言葉だ。その時の私はたしか、「自分自身のこと(過去)などを直接話す場ではないから、あくまでも普遍的な内容を習う時間だから、だからべつにとくにダメージを受けたりすることはないし、大丈夫。……な、はず」といった趣旨の返事をした、気がする。


 「どうしてそのようないくつかの分野・領域にあなたは(少なからず)関心を持っているの?」と今の私が仮に問われたとき、きっと一瞬私は、「誤解されたくない」という思いが自分自身の胸の内をよぎるのだろうな、と思ってみたりする。べつに私は、「今目の前にいるこの子たち」に過去の私を重ねたいわけではない。「誰かのためになりたい」なんて崇高な思いが私の中につねに渦巻いているわけでもない(なおそのような想いのみを原動力にして動き続けることのできる人のことは、私は純粋に尊敬する。そして同時に、自分はそんなふうにはこの先も永久になれないだろうなぁ、とも思う)。幼い私を疑似的にすくいたいなんていう、なまじ薄っぺらい感情が存在するわけでももちろんない。
 ではどうして?と考えてみたとき、それはきっと「過去の私が慢性的に感じていた思い」が根本にあるのだろうな、と私は思う。いやさっき「過去の自分と、今目の前にいるその子とを重ねたいわけではない」と書いていたじゃん、と思われるかもしれないけれど。いや、そういう単純なことではなくて。(なんだか気持ち、文体が東畑さんチックになっている気がする、笑。読了直後だからかな。まあいいか、今はとりあえず……。)


 私は物心ついたときから長らく(思春期ごろ~10代の終わりがけごろまで)、「隣にいる人たちは皆きっと、パラレルワールドに住んでいるんだ」という感覚がどうしてもあった。この人たちは現実には私のすぐ目の前、あるいは真隣にいるのに、それでもどうしたって「住んでいる世界が違うんだ」と思っている節が私にはあった。少しだけ、過去の私の日記をここで引用します。(過去と言っても大昔……というわけではなくて、わずか半年ほど前のもの、なのだけどね。)

昨日、私がふと感じたこと。

所詮「おうちに帰ることが怖くなかったひと」にとってはやっぱり、目に映っている世界が違うのかな……と思ってしまう瞬間があった(なにをいまさら、、みたいなことだけど)。隣にいるのに確かにここにいるはずなのに、それでもどうしたって生きている世界は違っているのかな・別世界の住人なのかな、みたいな。私がほんとうに純粋な「そっち側」で生きることは、たとえどれだけ回復の過程がこの先すすんだとしてもきっとないのかな、とか。

だから何なの、っていうわけでもないんだけどね。

なんとなく。おもった。不思議だな、と。

わからない。わからない、ね。

2026年2月7日 私の日記より抜粋

 ずっと、「あなた(たち)」と「わたし」の間には見えない壁がそびえたっているとばかり私は思っていた。あるいはどこか、私自身がベールかしゃぼん液かはたまた弾力のあるスライムか、そういったもので包み込まれているような気がしていた。私の声はあなたには、本当の意味では届かない。あなたも私の本当の部分まで、見抜いてくれたりはしない。私がこっそり抱え続けているものに「それは何?」と視線を送ってくれる人は、本当の意味では、いない。あなたと私の間には大きな隔たりがあって、壁が存在していて、あなたは「そっち側」の人間でしかないんでしょう。そんなふうに、私はずっと思っていた。感じていた。

 だけど私はその後、(幸せなことに、)「『こちら側』を覗こうとしてくれている人たち」のまなざしに少しずつ気づき始めることができるようになった。その人自身が直接の体験者、狭義の「当事者」であるかどうかということは少なくとも私にとってはそれほど関係のないことで、関心を向けてくれているということ、向け続けてくれているということ、その事実それ自体を私が感じられるようになってきたということが、いつしか私にとっての大切な励ましとなっていた。

 わたしたちのやりとりが終わると、話を聞いていたニシさんが静かに言った。
 「一子さんのことはもちろん知っていたけれど、最初に遠野の駅で会ったときから、今も、更新されていますよ」
 その一言で、わたしの中で何かがほどけ、また涙が出てきた。

 わたしがこの場で変わっていること、変わり続けていることを、自然なこととして見てくれている。
 あなたのことを知っている、という言葉はプレッシャーを感じることもあるけれど、このときのニシさんの言葉は違い「知っているけれど、今も変わり続けているあなたを見ていますよ」という、見守られているようなあたたかい気持ちが伝わってきた。そして今も、その言葉を大切に持ち続けているわたしがいる。そんなふうに人のことを見ることができたらと思う。

ZINE『わたしの現在地(2)ここは安心安全な場所』pp. 93~94, 植本一子 著, 2025年6月14日

 結生が移住してから送ってくれた手紙を時々読み返す。 手紙には、いくつかの謎を解く鍵になった一文がある。

  あやちゃんは、あっち側とこっち側を繋いでくれた大人……というよりかは、あっち側もこっち側もどちらの世界も作り出してるのは自分自身ということに気付かせてくれた人、かな。

 なぜ結生は、私との間に線を引きつつ「また会いたい」とメールを送ってきたのか。結生の事を「遠いのに近い」と感じたのはなぜか。あっちとこっちを隔てる壁とはなんだったのか――。 「社会から排除されている」と感じる人がいるならば、それは、排除する側とされる側、双方が壁を作り出しているということなのかもしれない、と思えた。

(中略)

 私と結生はあの時も今も、別の価値観をもって別の日常を生きていたし、それぞれに大事なものも違う。だからそこには壁がある、と思えばあるし、ないと思えばない。けれど私たちの間にはおそらく、属性も記号も役割も存在しない。その瞬間の関係性に名前はなく、境界線もない。
 出会った時、結生は私との間に薄い壁を立て、私も同じように、結生との間に壁を立てていたかもしれない。けれどその間から、光は漏れていた。
 もしかしたら、あると思っていた壁さえ最初からなかったかもしれないし、あっち側という感覚さえ幻想だったのかもしれない。あっち側にいると思っていたその人は、本当は、出会った瞬間からすぐそばにいたのだ。
 この世界には、双方が立てた壁の隙間からほんの一瞬、つながれる細い光が見える、そんな瞬間が、きっといくつも存在する。その瞬間をなんと呼ぼう。
 「終わりのないトンネルだと思っていた壁から、光が差し込んでるような」 結生はそう表現する。
 「名づけるなら希望かな。うん、希望」
 何度も確かめるように、彼女は頷いた。

『あっち側の彼女、こっち側の私--性的虐待、非行、薬物、そして少年院をへて』pp. 217~220, 結生、小坂綾子 著, 朝日新聞出版, 2020年10月31日

 私とあなたは違う。目の前にいるあなたと、その子と、私自身は、違う。過去の幼い私とも違う。今の私とも、未来の私とも、違う。どうしたって違う。間違えても「あなた」に「私」を完全に投影することなど、あってはならない、と私は思う。なぜならそれは、とても危ういものを引き起こすことに繋がってしまうだろうから。

 だけど私は、「それでも、あなたのことを知りたい」と思う。私とも違う、誰とも違う、ただ目の前にいる「あなた」の目に映っているものを少しでも私は一緒に見てみたい、と思う。「セラピー」したいのではない(そして仮に望んだとしても、そんなものをやってのけるだけの力量はもちろん今の私にはない。おこがましいにもほどがある……)、相手を変容させたいのではない。そうではなくて、「見ているよ」「関心を向けている人はちゃんといるよ」と、まなざしを小さくも送る人間のうちの一人として、隣に存在してみたい。そんな時間を「あなた」と共有することのできる人に、私もいつかはなってみたい。なぜならそれは、過去の私が一番欲していたものだから。欲していたものだった、から。

 隣にいる人の存在に、あのころの私はいつも(勝手に)ひそかに傷ついていた。だけど、隣にいる人の存在に、いてくれた人の存在に、私はそっと温かなものを手渡してもらってもきた。

 線引きはする。境界線は引く。でもそのうえで「見ているよ」と、壁の向こう側にあるいはしゃぼん玉の向こう側に、そっと視線を送(り続け)ることのできる人に私もなりたいな、と思う。そういう人が、今の私のあこがれる「大人像」なのかもしれないな、とも。

そら / Sora

気に入った本や、日々の生活を通して感じたことなどを思いのままに綴ります。 Keep up with my daily life and journals!! Fav -> Reading, Handmade, Penpaling, Music, etc

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  • Post last modified:July 29, 2026
  • Post category:Books